牡蠣のチカラ
「チェサピーク」
アメリカ先住民の言葉で、「カキがたくさんいる豊かな水辺」という意味。
チェサピーク湾はニューヨークから南西に500キロ離れたワシントンDCの近くにある、日本の瀬戸内海より少し小さい内海です。
100年ほど前までは、船が座礁するほど多くのカキがいて、世界の4分の1の水揚げ高を誇っていたこともあるそうですが、チェサピーク湾の沿岸にある工場地帯や家庭から出る排水で汚染され、現在ではカキの水揚げは最盛期の2パーセントまで落ち込んでしまったそうです。
今、この海を復活させようという取り組みが行われています。
病気に強く汚れた海でもたくましく成長する日本原産の大型の牡蠣「スミノエガキ」を導入し、この牡蠣に不妊処置を施したうえで、牡蠣の持つ浄化能力によって海の浄化をしようという運動です。
これが「オイスター・ガーデニング」と呼ばれる市民運動です。
日本から輸出された牡蠣がアメリカの海の浄化のために使われている。
日本では味覚に優れる他品種に押され、注目されることも無く有明海の一部で養殖されているだけの「スミノエガキ」。
日本の海の現状を思うと少し複雑な心境になります。
東京の海で,単位面積あたりの濾過効率が最も高いのが牡蠣です。
なんと、平均的な大きさの一粒の牡蠣は、一時間に一升瓶4本分もの海水を濾過してくれるのだそうです。
たった一個が一時間に一升瓶4本もの水を濾過するのですから、壁一面にびっしりと牡蠣が付いている護岸などの浄化能力には目を見張るものがあります。
例えば夏、東京湾が真っ赤に染まる赤潮の時でもレインボーブリッジの橋脚に接する海水は、完全な無色透明です。
壁一面に付いている牡蠣が赤潮の原因となるプランクトンを食べてくれるからです。
しかし、牡蠣は水中の不純物を全部食べて消化するわけではありません。
牡蠣は海水を体内に取り込み濾過した水中のプランクトンや不純物の10%しか食べず、残りの約90%を偽糞(ギフン)という固形物にして排出してしまいます。
このため牡蠣の養殖などでは、牡蠣イカダの下にヘドロ状の偽糞が溜まるのだそうです。
この事をもって、牡蠣による浄化システムに対して否定的な考え方を持つ学者の方もいらっしゃいますが、護岸に育成している牡蠣と、養殖イカダの牡蠣とでは育成環境が違います。
東京湾の水中生物調査では水深4mまでの海底は水棲生物が豊かなのですが、水深4mを超えると生物密度は急激に希薄になるのだそうです。
東京湾奥に残された貴重な浅瀬である三番瀬などの牡蠣礁(牡蠣の堆積物によって出来た浅瀬)で大量のヘドロが溜まる事はありません。
この巨大な牡蠣の島が排出する大量の偽糞はゴカイなど泥の中に住む生物の上質な住処であり多くの生物の餌場なっていて、偽糞は再利用されつくします。
つまり、牡蠣の排出する偽糞を餌とする生物が乏しい水深の深い場所で養殖をするから生物が偽糞を再利用できずヘドロとなって問題が発生するのではないでしょうか?
浅い岸際で行えば、牡蠣の偽糞は微生物によって自然のリサイクルが行われ、潮汐という自然のポンプによって水は循環し、牡蠣の濾過システムは死んだ殻の上に新しい生命を宿し、世代を重ね自己増殖を続けていくのです。
牡蠣の周りには無数の甲殻類や微生物が住み着き、それを食べるために小魚が集まってきて、牡蠣の密生場所には豊かな生態系が生まれます。
牡蠣が付いている護岸は、高確率でスズキが回ってきます。
スズキは最大1mにもなる東京の海の最終捕獲者。
牡蠣礁に棲む多くの生き物を捕食して生きています。
2005年9月4日に芝浦で標識(タグ)を付けて放流(リリース)したスズキは、112日後の12月25日、直線距離で41海里(76km)離れた千葉の富浦漁港の定置網で再捕獲されました。
この事は、スズキが東京港内の栄養を遠く千葉まで運び、漁業関係者の手によって再び人間の食料としてリサイクルする媒体として機能していることを証明しています。
( 千葉県のスズキの水揚げ高は年間約2000トンで全国1位 資料:漁業養殖生産統計年報 )
東京都が行っているお台場の浄化実験プラントの存在や学者の先生方が考える巨大な浄化プラントを否定する気は毛頭ありませんが、海水をポンプで汲み上げ処理施設で殺菌し濾過して無色透明の海水にするだけの浄化プラントと違い、牡蠣は水際の生態系全体をバランスよく育てれくれるランニングコストのかからない天然濾過装置だと思うのです。
世界中、どんな都市にも、その街特有の匂いがあります。
飛行機から降りた瞬間に感じる「街の体臭」ともいえる匂い。
牡蠣の付着した護岸は、東京の街に磯の香りを漂わせてくれる事でしょう。
今までドブ臭いなどと嫌われていた海が、街に磯の香りをもたらしてくれる。
都会の海辺に磯の香りが漂う日が来たならば、それは僕たちにとって夢の海岸線が手に入った日でもあるのです。
